サクラ、サクラ
A
 

 

          




 大学の授業は高校までのそれと違い、まず自分が所属するクラスの使う、決まった教室というものがない。個々人のロッカーが与えられたりくらいはするのだろうが、言ってみれば1日がかりで文化サークルの講義をハシゴするようなもので、自分から時間割に沿って あっちの講義室、こっちの教室と、渡り歩かねばならず、全講義が移動授業だと思えば間違いないのかも。よって、辞書だの参考書だのも“自分の机”へ置きっ放しにしておくなんて事は出来なくなり、自己責任で管理せねばならず。
「大きな部室があって良かったね。」
「新設の部なのにな。」
 サークルや部活などに籍がある場合は、部室を行動の基地として授業がない時間帯の居場所にしての息抜きだって出来るだろうし、私物を置いてもおけるので大助かりだったりし。セナたちの所属する“アメリカンフットボール部”は、雷門くんが言ったように、ほんの昨年設立されたばかりの筈だが、ロッカールームとミーティングルームが併設された、かなり立派な代物が、グラウンドの傍らという立地条件も素晴らしい位置に既にきっちり立っていたりする周到さよ。建てたのはキャプテンのコネがある某大工さんのところの工務店であり、こんなベストポジションが空いていたのは…ここが経済学部のみが有名で、あまりインカレスポーツは盛んではない学校だったという、彼らにとっては“好条件”なところであったから。有名な運動部が全くない訳ではないが、
「レガッタとかのボート部だったっけ?」
 あとは文科系の部がちらほらと。そんな環境なので、グラウンドの争奪戦もないと来て、何の杞憂もないままに練習三昧な日々が飽くことなく送れるのは良いとして。

  「でも、最低限の単位は早め早めに取っとかないとね。」

 相変わらず底無しのバイタリティにて稼働していた疲れ知らずな行動力にて、悪魔の講習会だの地獄の合宿だのを開設し、蛭魔さんが後輩たちの指導にあたっていたその間。現役大学生たちのチームの方を見ていた、心優しき巨漢ラインの栗田さんがそんな注意を授けて下さる。学業も疎かにしないよう心掛けとかないと、それでなくたって…四年でトップリーグに上り詰め、大学全制覇を遂げてやろうという“負けないアメフト”を宣言している蛭魔キャプテンに率いられているチームなだけに。そしてそして、相変わらずの少数精鋭という陣営であるだけに。一人でも単位が取れずに落第し倒して退学なんてな憂き目に遭っては一大事。
「微妙な意味合いで“one of all、all of one”なチームなんだな。」
 ホンマやね。
(苦笑) 本日、第1日目に登校して来た新一回生たちへは、まずはの説明会があり、履修講座への登録手続きや、必修教科へのテキストについてなどなどの連絡があって、
「教科書って専門書が多いんだね。」
 それもハードカバーの一般書。担当教授が執筆なさったものもあれば、その世界では有名な先生が出されたご本だからという場合もあり。はたまた、英語や第二外国語に使う教科書は、物語の原書をそのままというペーパーバックだったりもし。これまでみたいな“いかにも教科書”ではないのが、何となく“ああ大学生なんだ、ボクたち”という実感をまたまた招いてくれたりするのだが、
「ハードカバーの教本は、物によってはもう使わない上級生から譲ってもらえ。」
 全部揃えるとなると結構馬鹿にならない金額になるし、
「講師によっては何年も同んなじノート使って講義して、同んなじ問題の試験しかしねぇっていうズボラな奴もいるからな。」
 だからついでに講義ノートも譲り受けちまえと、いきなりそんな裏技を焚き付けて下さる、ありがたい先輩もいたりして。
(う〜ん)
「あれ? セナ、水曜のここ、心理学なんか取るのか?」
「え? あ、うん。」
 ミーティングルームのテーブルにて、履修票、つまりは“時間割”を突き合わせていたのは、新入生の仲良し後衛組、セナとモン太くんだったのだが、微妙なところで履修科目が違ったらしく、
「だって数学はもう懲り懲りだもん。」
「何言ってんだよ。数学Aなら受験用にって攫ってた範囲じゃねぇか。」
 新しい教科を一から習うより、復習のお浚いの方が気が楽じゃんかと、そんな言いようをするモン太くん、
「判らなくなったらなったで、また十文字とか蛭魔さんに教えてもらや良いんだしよ。」
「う〜〜〜ん、そっかなぁ。」
 文系の方が性に合ってて好きなんだけどもな、そっか? その割にゃ英語と古典、ぼろぼろだったじゃんかよと、気安い言い合いが続いてる。数学の方がお徳だぞ、同じ選択にしようよと勧めてくる、雷門くんのその向こうでは、

  “もう一息だぞ、チビザル。”

 衝立てで仕切られたロッカールームにて。練習着に着替えながらも、無意識下にて聞き耳を立てつつ、これまた無意識下にて雷門くんを応援していたりする人物が約一名。シャツの第3ボタンの真上にて、とうとうその大きな手が止まっていたりするものだから、
「………カズよ、気になるならあっち行ってお前も加勢に加わりな。」
「バ…っ。//////
 そんなじゃねぇよっとムキになるところがまた可愛い、脱色して染めた金髪頭という派手さや大きなガタイに似合わぬ純情ぶりを見せてくれてるお友達をからかった黒木くん、
「冗談はともかく。」
 ぐぐいとお顔を近づけて来て、
「いいか? ぼんやりしてっとお前の苦手な“女”に攫われかねんぞ?」
「はぁあ?」
「だから。あのチビみたいな“可愛いタイプ”ってのはな、案外と女にも受けんだよ。」
 苛められやしないかと ただおどおどしていた頃ならともかくも、今や自信がついたせいでか、自分の気配を消そうとコソコソしてたりしないだろうが。となると、身奇麗にしてるトコとかが、ジャリプロタレントへのノリみたいなもんで“可愛〜い”って注目が集まりやすい。冗談抜きに、女子の何人かがもう名前を覚えてやがったくらいだしな。どっから仕入れて来たネタなのやら、そんなことをば囁いて下さった黒木くんだったものだから、
「…何だとォ。」
 これにはさすがに…純情だからというのは置いといて、むっかり来たらしき一輝くん。
「攫われたとして、奪還出来るのか?」
「う…。」
 相手構わず怒鳴ったり手を挙げたりするような、そんな“乱暴者”を装っていたが、実は…女子に手を出すのは苦手な彼だと知っているから。だから、
「常から用心しておいて、教室移動でも目を離すなよ。」
 そんなご親切な忠告を下さったのへ、お返事はなかったがしっかと頷き、てきぱきと着替えを再開したお兄さん。恋すると人はここまで純情になるのかねと、親友さんの可愛らしい変わりようへと苦笑する黒木くんであり、
“これからも退屈しないで過ごせそうだねぇ。”
 自分なりのやり方で応援するつもりは勿論あるのだけれど、それにしたって…選りにも選って ややこしい相手へ ほんのりしちまってよと、擽ったそうなお顔になった彼だったりするのである。







            ◇



 さてとて、既に始まっていた講義を幾つか受けつつ、広い構内を移動する生活に少しずつ慣れてゆくにつれ、何をするにも自己責任とか自主的が有りきなんだと妙に肩が張っていた緊張も、徐々に徐々に馴染んでほどけて。

  「…っくぞーっ!」
  「おぉっ!」

 大学への進学を選んだのは、アメフトをもっと続けていたかったからというのが一番の理由だったから。講義も大切だけれども、ある程度 馴染んでコツのようなものを飲み込むと、練習主体の生活へとどんどん重点が移行してくる。それでなくとも春の開幕戦の時期。勝敗で順位を競うような、公式の“星取り戦”ではないけれど、チームを叩き上げる大事な実戦。自分たちの十八番でもある、試合という緊張感あふれる正式な場での実践練習を存分にこなせる時期なんだからと、相変わらずに悪魔のようなキャプテンさんは、リーグの垣根さえ越えさせての交流戦を組んでまでいるご様子であり。
“………わぁvv ///////
 公式戦ではまだまだ当たれないだろう、上位リーグの某チームとも早速の交流試合を構えていたりするものだから。それをこそ楽しみにしていた小さなランニングバッカーくん、心の中にて思わずの歓声を上げていたりしてvv だってね、だってvv

  “進さん…。///////

 随分と破天荒なノリと加速度にて、ちょっぴり逃げ腰だったセナを容赦なくぐいぐいと引っ張ってくれたアメフトは、黄金の世代と呼ばれた中でも殊に“超一流”という看板選手たちとのいきなりの対峙を体験することで、初めての“逃げない気持ち”をセナへと芽生えさせて…それからね? そんな荒くたいスポ根と共に、切ない恋まで運んで来たの。関わる誰もが苛烈で真摯で、それからそれから一途であるあまりに凄絶で。そんな中、誰かを凌駕するのではなく、ただただ自分とばかり向かい合っていたがため、誰の姿もその視野になかった孤高で寡欲だった誰かさん。自分を軽々と置き去りにした存在へ、初めての“執着”という関心と欲を覚えたのだとかで。淡々とした自己鍛練の礎となっていた“克己心”よりも、ずっと判りやすかったその“競争心”は、油を染ませた紙の如くにあっと言う間に鮮烈な敵愾心を育んで燃え上がり。そんなまで熱き執着心は、それを向けられた側のセナをも落ち着かせなくしたほど。しかもしかも、その朴念仁さんは、自分の中に沸き立った想いの正体が判らないままに…セナくんの姿を確かめずにはおれなくなった。あれほど颯爽としていた一陣の疾風の正体が、ちゃんと高校生だったのだとまずは確かめて、それからね。どういうものだか、その姿を眺めに行かねば落ち着けず。気がつけば…フィールドを離れた場所でもひどく気になる対象になっていたのだそうで。そんな人からの真摯で一途な眼差しは、セナの側へも様々に心揺れるあれこれを齎
もたらした末に、もはやあの人がいない世界なんて考えられないというほどの、熱くも切ない気持ちを、その小さな胸へと植えつけてしまったくらいでね。だもんだから、

  「…い、こら、聞こえてんのか? この糞チビっ。」
  「え? ははは、はいっ!」

 練習から上がっての部室にて、壁に張り出された春のスケジュール表に視線が釘付けになっていた小さなエースへ、汗を拭かんかと大きめのスポーツタオルを頭からかぶせて下さった金髪痩躯のキャプテンさんは、そんな仕草に紛らわらせて、

  「ちょっと話があるからな、もたもた着替えて残ってな。」
  「? はい。」

 こそりと…物凄く自然な動作で足元の何かを拾おうとしたかのように、ただ体を傾けただけという格好にて耳打ちをされて、こくりと頷いた小さなセナくんであり。何かと秘密も多い先輩さんのそんな横顔を、そういえば結構知ってる自分なんだと思ったと同時、

  “どうしたんだろ。桜庭さんに何かあったのかしら。”

 ………そんな風にピンとくる辺り、あの不可能はない先輩さんから頼りにされても、成程 不思議ではないですね、はい。
(苦笑) とはいえ、セナが告げられたのは…先輩さんの想い人への心配ごとや杞憂とかではなく。むしろ、セナくん自身が飛び上がらねばならない人への相談ごとであったりしたのだ。


   「進の野郎の様子が訝
おかしいんだとよ。」

   「………え?」








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  *高校最強は大学でも最強最速の地位にあるはずなのですが。
   はてさて、何があったやら。